2021年に読んで面白かった本の個人的な読書記録を明かそう

[投稿日] 2021-12-25


私はEvernoteに自分なりのテンプレートをつくり、読書記録を残しています。

1書目1ノート・1年ごとのノートブックにして、書名、著者・訳者、出版社、コード、価格……といった書誌情報のほか、購入したお店や読み終わった場所、その年月日、そして簡単な感想や評価など記しています。

今回はその中から2021年に読んで面白く、このところの世界・社会の状況にも沿っているように感じた本をいくつかご紹介。

いよいよ2021年も大詰め、忙しいので手抜き(ほぼコピペ)ですf(^_^;;

どうにも不穏な世界情勢の下、戦争は人をどう翻弄するのか考えた

2020年に読んだ小説は「ディストピア」系のものが多かったのですが、2021年のはじめもその傾向を引きずっていたような気がします。

不穏な空気が流れる世界情勢でもあり、戦争と人をテーマにした小説を続けて読んでいました。

『遠い日の戦争』

◾️評価/コメント:★★★

2020年8月にほしいものリスト入り。『侍女の物語』『地下鉄道』と続けて読んだあと、「読むならいまかな」と感じて購入。「逃げるとは」について考えたくなったのか?

◾️メモ

面白かった。ハードボイルド小説にも似た文体。

戦争とは。戦争における罪と罰とは。そこから逃れるとは。

子どものころには聞いていたはずの世界観なんだけどな、すっかり忘れて他人事のフィクションとして読んでいた自分にどこかの時点で気づいて恥じた。

正義・大義の相対性の認識と倫理・哲学の時代へ、という最近の考えごとにもマッチした。巻末の解説にも得るものがあった。

平和ボケとは、自ら検証も定義もしていないボンヤリした「平和」や「正義」を「普遍・不変で脅かされないもの」と疑わずに生きること、なのかもしれない。

『渚にて』

◾️評価/コメント:★★★

雑誌の記事から? SFの古典・名作として、またテーマとしても読んでみたくなった。

このところディストピアやカタストロフに意識が向いているのはいいのか悪いのか。

◾️メモ

避けられない死……いや、そもそも避けられないのだけれども、それはわかっているのだけれども……を前に、人はどう生きるのか。

あらすじからもっと殺伐とした物語だと思っていたが、かなり「ハートにくる」話だった。最期のときを愛する人たちとどう迎えるか、また職業人としてどのように生きるか、示唆されるものは多い。

冷戦・核拡散の時代に欧米圏(宗教的に自殺はタブーだろうに)の作家がこれを書き、名作として読み継がれていることに希望を感じる。

『パイド・パイパー』

◾️評価/コメント:★★☆

『渚にて』が面白かったので同じ作家のものとして興味を持った。老紳士+子どもたちの脱出行という設定にも。書名は「ハーメルンの笛吹き男」のこと。

◾️メモ

面白かった。『渚にて』と違って滅びない。

この物語でこのタイトル(ハーメルンの笛吹き男)なのはすごく奮っていると思った。

子どもたちが安住の地を追われること、知恵者に導かれて(敵の子どもまでも)新天地へと逃れること。笛吹き男との約束を違えた大人たちのように、戦争は結局なんのメリットも生まないということなのか。あとがきにある「子どもと老人が戦争において最も無力」的な記述にうなづく。

おそらくヨーロッパでは笛吹き男の物語はより広く歴史的・社会的メッセージを含んで語り継がれているのだろう。宗教的指導者に導かれた開拓移民の史実が起源では、という説は「なるほど」と思う。

主人公の一夜の語りという体裁に『闇の奥』を思い出す。

人工知能をとおしてヒトの在り方を問われ胸が苦しい

2021年は高度な人工知能を搭載したアンドロイドが登場する作品が2点、同じ時期に刊行されました。

1つはカズオ・イシグロのノーベル賞受賞後初作品ということで大きく話題になりましたね。読まれた方も多いのでは。

ものすごく現代的な、いま読むべき本に思えて2冊続けて読みました。

『恋するアダム』

◾️評価/コメント:★★★

奇しくも同時期に刊行された「2つのAIアンドロイドもの」、『クララとお日さま』とともに書評での紹介が多く興味を持った。『クララと〜』があまりにも大々的に売られているのでこっちを先に(いつもの判官贔屓

チューリングが生きている世界、俳句や囲碁など日本的要素を取り入れているところも気を引いた。

文庫化を待とうと思っていたが、いま読まなきゃいけない気がして。このあとで『クララと〜』を読んでテーマについてじっくり考えたい・味わいたい。

◾️メモ

読みながら思い出した物語・本
エピカック(人工知能の恋と自死的暴走、詩(俳句))
ブラッドミュージック(人工知性が導く意識の融合・個の消失)
ブレードランナー/アンドロイドは電気羊の夢を見るか(アンドロイドの感情・暴力)
敵は海賊(暴走する・引き篭もる人工知能)

「ロボット三原則」が成立していない、というか人工知能は原則の対象外なのか……といった問いも生まれる。

自律的な意思や感情を持つことの意味、といったロボット論が問われていると思っていたら、人と機械を隔てる一線は倫理(正義や嘘)にあると描かれ、しかも自律的な意思や感情を持つ存在を壊すことはたとえそれが自分が所有する機械であっても倫理に反する(生命を奪うことに値する)のでは、という、おそらく今後の「生きた人間」が向き合わなければならない問いが提示されている、ように思えた。

読んで終わりでなく、これからも(上記の「思い出した物語・本」と同様に)考え続ける本なのだろう。

引用:
「わたしたちはまだ機械に嘘のつき方を教える方法を知らない。」
「けっして裁判にかけられることのない殺人未遂の罪を問われるというのは、いったいどういうことであり、何を意味するのだろう。」

『クララとお日さま』

◾️評価/コメント:★★★

書評から興味を持った。同時期に刊行された『恋するアダム』と読み比べたく、そちらを読み終えたので購入。

◾️メモ

終章で泣きそうになる(堪えた)。

意識とはなにか。愛とは、友情とは、親愛の情とは、正義とはなにか。そういうものを抱き得る存在をも「ヒトに仕える作り物」として毀損・破壊あるいは廃棄することをためらわないヒトと彼らを分け隔てる根拠はなにか……クララとアダムが問うている。

AIの判断はいつも正しい、しかしそこに至るプロセスがわからないのが気に入らない、という理由で排斥しようとする……アダムに向けられた衝動もそうだったのではないか。

1984年に『1984』を読んだ世代、改めてジョージ・オーウェルを掘り起こしてみた

1984年といえば私は高校生でパンクにどっぷりのころ。多感なお年頃にはしっかり響いて『1984』を読みました。

以来なんとなく気にしながらも読まずにいた『動物農場』をこのところの「とある国」の専横的な在り方をきっかけに昨年読み、「面白いじゃん、もっと早く読めばよかった」と思い。

さらに「新冷戦」といわれる状況で、「冷戦」という言葉がはじめて使われたのがオーウェルの作品だと知り、そこから芋蔓式に読みました。

『あなたと原爆』

◾️評価/コメント:★★★

書評サイトで視点・文体など総合的に高く評価している記事を読んで。『一九八四』と、先だって『動物農場』を読んだこともあり、興味が沸いた。

◾️メモ

面白かった。三木清『人生論ノート』にも似た読後感。「自己紹介乙w」的な記述もあるが、書かれた時代とその背景を考えれば納得できる。

英国人らしいシニカルさもあるのか。訳もよく雰囲気を残しているのでは。

常に自分自身をも検証しながら論を進める姿勢に身が引き締まる想い。そういう意味では『夜と霧』『溺れるものと救われるもの』にも通じていると思う。

いま使われている意味での「冷戦」という言葉はこの作品が初出だという。

引用:
「復讐の味は苦い」:彼女がムッソリーニを撃てるほど近づくためには、ムッソリーニが遺体になっていなければならなかったのだ。
「ガンジーについて」:人間であることの本質とは、完璧を求めないこと、時と場合によっては誰かへの忠誠心のために喜んで罪を犯すことであり、友との交わりができなくなるほどまでに禁欲主義を推し進めないことであり、自分以外の人間、誰か個人への愛を注ぐことで不可避的に代償として背負わされる、最終的には敗北し打ちのめされてしまうという結果を、受け入れる覚悟を持つということなのだ。

『カタロニア賛歌』

◾️評価/コメント:★★☆

『あなたと原爆』が面白く、ならばこれも読もう!と。

◾️メモ

戦争の一番汚い、退屈な部分すら英国人らしいシニカルさとウィットを持ったきれいな文章で綴っていて飽きずに読めた(訳もいいのだと思う)。

自分ではまるで知識がないスペイン内戦だが、それを通して語られる人間像の「人間らしさ」や、理想の実現から政治闘争(敵対勢力の粛清)へと姿を変える闘いの醜さが胸に堪える。

英国人が19世紀から求め、オーウェルも大切にしたという「decency」(人間らしさ)についてあとがきで記されている。辞書には「謙虚さ」「体面」「品位」「礼儀正しさ」「人のよさ」とある。それを「人間らしさ」としてオーウェル作品の根底に据えた訳者の感性が素晴らしいと思う。

同様にあとがきに記されたオーウェルの半生と人となりにもグッときた。

40年ちかくかけて『一九八四』『動物農場』『あなたと原爆』と読み継いでここへ。『あなたと原爆』は座右の書の仲間入り。

姿勢、視点、語り口など、さまざまに敬意を抱ける作家でした。

本は世につれ 世は本につれ

見通しが利かないような、どこかキナ臭いような、そんな雰囲気のままの年越しですねぇ。

自由に本を選んで買えて読める社会は、やっぱり素晴らしいと思います。

2022年はどんな世の中で、オレはどこでどんな本を読んでいるのだろう。

皆様、どうぞよいお年を。